

「天使の分け前」。詩的なこの表現は、お酒を長期間熟成する時に中味が蒸発して目減りすることをさす。カーヴ(酒蔵)に漂う香りが天使に与えられた特権なのだ。実際には年間3%の目減り分は、税法上償却が認められている。Eau de vie(オードゥヴィ)は、「生命の水」「蒸留酒」をさし、ワインを蒸留するとブランデーになる。オランダ語のブランデウエインからきていて、「焼いたワイン」という意味がある。ビールを蒸留すればウイスキー、清酒は焼酎、と同様である。
この方法は既に11世紀のイタリアに存在していて、全てのお酒がそうであったように、薬用酒としての効能が重んじられていた。中世の恐ろしい伝染病、ペストの予防薬としても使われていた。また、この生命の水・ブランデーは、貧血、気を失った人への気付け薬であり、アルプス山中で遭難にあった人を救う犬セントバーナードの首に、小さな樽に入れられて数多くの命を救った。
ブランデーの代表はコニャックとアルマニャックである。今回はフランスの南西部ガスコーニュ地方のアルマニャックを取り上げてみたい。
地理的にはピレネー山脈に近く、ボルドーのガロンヌ河を遡る地域を思い起こして欲しい。歴史上、ローマ帝国のローマ人が葡萄の栽培・ワイン造りを、アラブ人が蒸留器を、ケルト人が樽の作り方を伝授し、この三つの異なる文化の対決がアルマニャックを生み出し、フランスにおける生命の水のもととなる一番古いブランデーを造り上げた。
アルマニャックの語源は、5世紀の領主、クロヴィス・エールマン騎士のエールマンがラテン語風に変化してアルマニャックとなった。1310年にオーズ修道院院長が説いたブランデーの40の効能は、現在バチカンの医学概論の中に残されている。「適度な飲用は神経を研ぎ澄まし、記憶を確かなものとし、陽気な性格が若さを保たせ、深い眠りに誘い、爽やかな目覚めは大いなる力を与える……」

葡萄品種は10種許可され、そのうち4種類がアルマニャックの個性を出している。
フォルブランシュ … フローラル、高貴な香り
バコブラン … 甘美なまろやかさ
コロンバール … スパイシー
ユニブランシュ … 豊熟果実の芳香
蒸留は、葡萄収穫後、翌年の2月21日までに済まされ、特製の蒸留器、アルマニャック型連続式蒸留器=純銅機械で製造される。蒸留が1回なので最初は荒々しいが、熟成に年数をかける分、複雑さが増す。
ガスコーニュまたはリムーザンの森から伐採されたオーク材400リットル用の樽「ピエス」の中で熟成され、カーヴの温度湿度の管理下で貯蔵され、次に年数の経った樽に移されゆっくりとした熟成が行われる。「Rancio ランシオ」と呼ばれるバニラ、干しスモモの香りが出て、アルコールの蒸発(天使の分け前)によりアルコール度が徐々に減少して(40〜48度)、美しい琥珀色になる。

「私はディナーを一杯のコーヒーと一杯のオールドブランデーで終わらせたい」
フランスの料理の大家、マルセル・ブールスタンの言葉にあるオールドブランデーとは、手元に何年も飲まずに置いてあったものではなく、樽の中で長い年月寝かされた本物のブランデーのことである。年代をミレジムと呼ぶが、アルマニャックは1900年以前から全てのミレジムを揃えてあり、記念日、誕生日に容易く選べるのは楽しい。
勿論、古い年代のアルマニャックは、年々少なくなり、希少価値があるのはワインと同じである。
アルマニャック最古のメーカーをご紹介しよう。
創立1832年のCastarède(カスタレード)。2006年からオーナーであるマダム・フローランス・カスタレードの熱望により初めて日本への輸出を開始。その輸入代理店として、愛宕小西の輸入会社、小西コーポレーションが取り扱っている。
昨年、輸入を始めるにあたりパリのブティックを訪問した。6代目にあたるマダムは、アルマニャックにある16世紀に建てられシャトー・ド・マニバンとパリのブティックを行き来する多忙な生活を送っている。
「私にとってアルマニャックとは、単にビジネスの対象ではありません。それは真の情熱であり、私たちはこの貴重な遺産を継承し発展させていく使命を担っているのです」と語る彼女は、メゾンへの誇りと自信に満ちた魅力的な笑顔が印象的だった。
カスタレードのアルマニャックは、ガスコーニュ魂(=頑固者の気質)を受け継ぎ、時代の変化に左右されずにテロワール土壌の特性を生かした伝統の味を今も守り続けている手作りの老舗のメーカーである。彼らが守り続けている神秘的な7種の香りは、ハシバミの実、スミレ、桃、プラム、菩提樹、バニラ、胡椒。
2003年6月に開かれたフランス・エビアンでのG8の際には、各国の代表者に生まれ年のカスタレードのアルマニャックがプレゼントされたことを皆様はご存知だろうか。
最年長は1932年フランスのジャック・シラク、次に1934年カナダのジャン・クレティアン、1936年イタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ、1942年日本の小泉純一郎、1944年ドイツのゲアハルト・シュレーダー、1946年アメリカのジョージ・ウォーカー・ブッシュ、1952年ロシアのウラジミール・プーチン、そして、最年少の1953年イギリスのトニー・ブレアまで、各国代表は貴重なヴィンテージアルマニャックを手にした。
さて、最後に、アルマニャックの飲み方と魅力を付け加えたい。
部屋にたちこめる香りがリラックスした気分にさせるのは、グラスに残された数滴が空気中に昇華した結果である。先が少しつぼまった大きめのグラスにブランデーを入れ、手のひらに包み込み温めながらグラスを回してゆっくり飲むと、体温が伝わったグラスから香りがたちこめ、幸せの一時を過ごすことが出来るはず。まだアルマニャックを味わったことのない方、プレゼントとして、そしてご自宅用として是非試していただきたい。