菊乃家さん
「東西東西(とざいとーざい)」。声高らかに始まるチンドンの名調子。多くの「定年世代」にとって懐かしい響きだが、2007(平成19)年に芸歴76年目を迎えるチンドン屋がいる。満90歳になる菊乃家〆丸(しめまる)さん=本名・大井正明、墨田区=だ。「あたし元気だしね。やめる気なんて全くないよ」と、歯切れの良い江戸っ子言葉で話す。孫のような弟子とコンビを組み、得意の口上を響かせる。
「世の中は、浮きも沈みも苦も楽も、心の舟のかじのとりよう」
書家でもある菊乃家さんが、よく書く言葉だ。数知れぬほど味わった「人生の浮き沈み」。弟子たちは「心のかじとりはチンドン同様円熟の域」と、決して怒らない師匠を慕う。
菊乃家さんがチンドン屋を始めたのは14歳のとき。チンドンで三味線を弾いていた母親のハルさんが、チンドン太鼓を買ってきたのがきっかけだった。ハルさんの商売道具のはずだったが、当時小学生の菊乃家さんにとっては格好の遊び道具。「おふくろは結局使わなかったけど、あたしが覚えちゃった」と菊乃家さん。小学校を卒業した昭和初期はチンドン屋の全盛期とあって演じ手が足りず、何度も頼まれた末、チンドン屋に加わった。
「嫌だったけど『あんちゃん上手だね』とほめられると、うれしくてね」 |